像。像。像。マケドニア。

8月1日。skopije。スコピエ

マケドニア

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プリシュティナからスコピエ。2時間。

マケドニアって、歴史に出てきた国名?かなと思っていたら、それがまさにギリシャとの問題になっているらしい。アレキサンダーが治めたマケドニア王国は、ギリシャにあったとしているギリシャは、その国名を認めない。実は日本もマケドニアとはせず、かっこ付きで、旧ユーゴスラビアと記載している。表記には何かしら理由があるんだな。

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ここの首都スコピエ
銅像が好きなのか。新たな観光戦略か。前情報通り。大きな像が立ち並ぶ。数千年したら、遺跡になるな。新しすぎるとテーマパークみたいだ。
そして、首都のど真ん中。暑いからか、誰もいない、、、。

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旧市街地に行く。いや、本当にヨーロッパの都市。観る場所は?旧市街地。モスク。教会。このくだりばかり。旧市街地疲れがあるが、ざっと思いだしてみれば、プラハワルシャワバルカン半島モスタルサラエボの旧市街は好きだな。文化が混じっていたり、技術が見られるのが好きなのかな。


大きなショッピングセンターもあるし、道が広い。建設工事が結構行われている。これにも、びっくり。

2時過ぎにお昼を食べた頃から、観光客や人が増えてきた。みんな、夕方に向けて動き始めようだ。12時から15時って、本当に暑い。暑くて動かれへん。呼吸が苦しい、、、。

昼食後、昨晩調べた場所に向かう。

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なんと、8月8日(今日か!日記自体は前に書いてる)スーパーカップと呼ばれるヨーロッパサッカー大会決勝が、ここで行なわれるとのこと。
対戦カードは、マンチェスターユナイテッドレアル・マドリード
ヒョエー!マジか!ってなるでしょ!
会場だけ見に行きました。

かすかに見えた芝に、ちょっとだけ見せて〜。と行くも、NO!の一点張り。諦めました。1週間後、どの位の混みようになるのかと思ったら、ほっとした。

おそるべしスコピエ

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世界で2番目に新しい国

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7月30〜31日 pristina

プリシュティナコソボ

 

行く前は、アフリカにある国かと思っていた。紛争が激しいという記憶。

独立している。が、独立を認めていない国も多い国。調べて意外だったのが、スペイン、ギリシャも入っていた事。独立を認めてしまうと、他に認めなければならない国が出てきてしまうらしい、、、。


セルビアから入国するときは、出国スタンプは押されない。なぜなら、セルビアは、自国の一部と考えてるから。との前情報通り。ほんの数十メートルで隣り合う国境検問所。すごい渋滞がずっと続く。

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コソボに入り、道が若干太くなる。コソボナンバーのきれいなベンツ、BMW、シュコーダが走る。

首都プリシュティナ。相変わらず、カフェが多い。若者がカフェにいっぱい座ってる。洗車場がすごい多い。洗車に携わる人も多い。

 

イメージが全然違う。
あとね、、、アルバニア国旗が非常に多くて、ここアルバニア?って思うくらい。アメリカの国旗も。ビルクリントンの像もど真ん中に立っている。

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ここには、セルビア人もいて、セルビア正教徒がいるんだけど、こんな感じで。

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サラエボでのセルビア軍が包囲してやった事は酷すぎた。セルビアの人に触れ、コソボにやってきたら、何だか違和感。コソボについて、もっと調べなきゃ、わからないことが多すぎる。

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エアコンなしの、二階建てバス。まさかの二階最前列。カーテン前なし。9時間。外気温38度前後。もはや、苦行でしか無い。とりあえず、部屋で休む。クールダウンが必要。暑い。

ベオグラードを歩く。

毎日、ネットで歴史を調べる。もちろん、ネットなので、大まかな事しかわからないし、もしかしたら、それも書いている人の見方によって異なるだろう。

 

サラエボの様子や地下トンネル跡にあった説明では、セルビア軍がサラエボを包囲して、民間家屋に砲撃を浴びせていたことや、その際に、虐殺があったことが記録されていた。

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セルビアセルビア人=怖い。いう印象をもってしまう。しかし、サラエボからセルビアに入国してすぐ、バスが休憩した時、自分の潜在意識を反省する。

 

トイレに行こうとすると、相変わらず、お金がかかる。持っているのは、コンヴェルティビルナマルク KM。ボスニアのお金だけ。周りを見ると、併設スーパーのレジの方が、受け取っている。さらに、スーパーでは、KMを受け付けてくれている。通貨見ても、怒るかな、、、と心配していたら、笑顔で、大丈夫よ!いいよいいよ!と。緊張感はあったが、何だかほっとした。

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ベオグラードの市内に入ると街が大きいのがわかる。川沿いの雰囲気が、プラハにどことなく似ているように思うのは私だけだろうか、、、。バスパークに着いたら、タクシードライバーが声をかけてくる。が、近いから。と断ると、ok。で終わる。みんながそれ。しつこく聞かれると身構えていたが、あっさり。

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宿が地図通りに無くて、色々な人に訊いたが、どの人も、やってる作業を中断して、セルビア語かな?ではあるが、身振り手振りで教えてくれる。優しい。宿の受付のmikiもすごく丁寧に宿の説明をしてくれた。歴史が一致しなかった。

 

その中でのベオグラード町巡り。
まず、行ったのはNATO•アメリカの空爆の跡。

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1999年。コソボ紛争と呼ばれる紛争で、なかなか和解に至らない様子にNATO•アメリカが、セルビアに対して、条件を出し、空爆の警告を出すも、セルビアがこれを全面承諾しなかった為、軍事施設、司令部が集まる建物を空爆した『らしい』。

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正教会外観。中は改修中でした。f:id:amikasai31:20170801144307j:image

地下。とても美しい。

 

この地域一帯は、1929年から、セルビアではなく、ユーゴスラビアという国として『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』と形容されるように、スロベニアクロアチアセルビアボスニアヘルツェゴビナモンテネグロマケドニアが含まれていた。その首都がベオグラードだった。

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Google mapより。

 

恥ずかしながら、ユーゴスラビアという国で習っていたし、この上記の6つの国と並列してユーゴスラビアがあるように思っていた。なんとなくしか知らなかった。そんな事もあり、その後、ユーゴスラビア博物館へ。

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ユーゴスラビアという国は、第一次大戦後に独立するが、第二次大戦では、ナチスドイツに占領される。後にユーゴスラビア大統領となるチトーという人を中心とするパルチザン勢力が国土を取り返す。チトーの名前は、今まで旅してきた中で何回か聞いた名前。1980年に彼が亡くなり、1989年に冷戦が終了、ベルリンの壁崩壊があり、1991年ソ連崩壊解体と時を同じくしてユーゴスラビア内も次々と独立する国が増えていく。この過程の中で、紛争、虐殺、強奪、強姦があった。2006年にセルビアモンテネグロ共和国に分裂し、今の形に至ったという。

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博物館には、チトーが眠る。チトーは、独立して間もないアフリカの国々へ、非同盟主義諸国のリーダーとして外交していた様子も紹介されていた。

 

世界が連動して、戦争に巻き込まれていく様子。ナチスドイツのアウシュビッツを訪問し、ヨーロッパを訪問し始め、今まさに歴史の中に自分がいるのを感じる。アウシュビッツは、一例に過ぎないんだな、、、。そんな事を感じながら、友人が調べてくれたレストランへ向かう。

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このお店は、テニスプレイヤーのジョコビッチの御両親が経営されているお店。彼は、紛争真っ只中の時にいる。旅友が調べてくれるまで、セルビア出身とは知らなかった。彼がテニスにかける思いや、明るく振る舞う理由は、こういう背景があったのだろう。

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更に旅友が、調べてくれてストイコビッチって知ってる?名古屋グランパスの。という。きいたことがある。彼もセルビア出身との事。

 

急に記憶が蘇る。よくテレビで、スポーツを見ていると、解説者やアナウンサーが、〇〇選手が泣いております。祖国では、内戦が続いており、、、と説明したり、オリンピックでも、選手や、国の背景を解説していたことを。時代を経てつながる記憶。

 

サッカーが熱狂的なファンが多いのも、国や地域の代表だからなんだろう。色々な事がつながっていく。

 

バルカン半島がヨーロッパの火薬庫と言われる由縁を実感している。この後、コソボマケドニアアルバニアと旧ユーゴスラビアの旅続く。

BELGRAD ベオグラード 、セルビア

昨日、無事につきました。

 

サラエボは、セルビア軍に包囲されて攻撃された。

 

ベオグラードは、旧ユーゴスラビアの首都だった。NATO空爆を受けた。

 

必死に昨日から、情報をネットでだが、集めている。あまりに知っていることが少ない。

 

今から、街に出て、ベオグラードを見てきます。

salajevo サラエボ での ある一日

7月26日

ホテルで一緒になったナショナルチーム。大会見に行きたい、、、。

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とりあえず歩けば、どこかにあるやろ。楽観的な私。その裏で旅友が、体育館とか調べて、地図に場所を落としてくれていた。ありがたい。下調べして、、、この能力、スキルが中々あがらない。まあ、いいか。

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早く行ってもやってるかもと、体育館へ。受付のおっちゃんに18時からだよ。と言われる。言葉がつうじないので、他国で獲得したやり方で。

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おっちゃん。サムズアップ👍。

 

とりあえず、街を歩く。ホテルを出てからずっと下を見ながら歩いて来た。なぜかというと、友人がまたもや、調べてくれていた『サラエボのバラ』とよばれるもの。砲弾跡に赤いペンキを塗り込んでいるらしい。最近では、道路の補修もあり減って来ているらしいが、、、。

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今のサラエボは、だいぶ改修が進んでいる。負の遺産として、残しておいたらいいのに、、、と思う部分が少しはあった。

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移った先のホテルの人が街の構成を地図でざっと説明してくれた。ここから、右がオスマン帝国の、左はオーストリアの影響を受けていると。

昨日、確かにculture meeting pointってのがあった。もう一度行く。

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確かに全然違う。オーストリアの影響を受けている地域とオスマン帝国の影響を受けた地域。何度も何度もその場にたって見直した。

遅い昼は、イスラム系のお店でラム肉。

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1つの街に2つの異なる宗教。いや、正確には、3つらしい。サラエボの街を流れるミリャツカ川向こうも違うというし、ボスニアヘルツェゴビナ内には、スルプスカ共和国もある。複雑な国である。

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街を歩き、途中でボスニア紛争時のサラエボを紹介するエキシビションを見に行った。そこでの、写真や映像、、、。多くの市民が亡くなり、今も見つかっていない人がいて、帰りを待つ人たちがいるのが映し出されている。

 

銃弾跡、砲弾跡、残さなくてもいい。ここに住む人々は、まだ心の中に傷を抱え、宗教や民族が複雑に入り混じる毎日を暮らしている。砲撃の跡を見て、より鮮明に思い出すのなら、ない方がいいかもしれない。私たちが、どうこういえる問題ではない。


そんな思いを持って、建物を出ると時間は18時15分。あっ!始まっている!

急いで体育館へ。昼間のおっちゃんが、両手で指差して、行け!と。
ピィー。鳴ってる!やってる!

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見れた!体育館ちっちゃ!U18かな。いたいた。モンテネグロのチーム。朝見た子たち。監督。コーチ。

観客はボスニアの人ばかり。もちろん声援も。ハーフタイムで、モンテネグロ側の前の席で観戦。両チームのナイスプレイに拍手。あくまで、中立を示した。結構びくびくしていた。途中、ハードな接触場面。審判への抗議。日本で見たら、普通の光景も民族の事が終始気になった。しかも、試合も接戦。

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結果はモンテネグロが負けた。この後が良かった。監督やスタッフ同士、笑いながら握手。ボスニアチームが中央に集まって声かけしてると、モンテネグロの監督が、あんたたちも行って来なさい!と送り出す。で、負けたにも拘らず、めちゃくちゃ大きな声で掛け声。笑顔で、楽しみまくってる。

 

なんか、嬉しかった。しかも、帰ろうとしてたら、ボスニアの関係者の女性が、あっちに行きなさい〜と指差す。その後ろからモンテネグロの監督(朝エレベーターで会った人)とコーチ。ナイスゲーム!と言いながらハイタッチ!さらに、さっきのボスニアチームの女性がモンテネグロの監督にも、何かを伝えたらしく、監督、コーチが揃って、私らに、そっちに行きなよ!!と指差し。

おそるおそる行くと、ボスニアオーストリアの男子ナショナルチーム対決が!

すごい興奮。バスケだけじゃなく、民族間の紛争を経て、スポーツの大会が行われていることに、ものすごい嬉しさが込み上がる。

悪い面や悲しい面もある。でも、こんな場面も確実に増えて来ている。
とても、濃い1日を過ごす事ができた。

 

世界の車窓から

モスタル サラエボ間の鉄道。

超オススメです。

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モスタルの駅6時発。前日に切符を購入

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座席指定されてるけど、指定はない。

慣れました。調べると、モスタルからサラエボに向かう時は右側座席が良さそうだ。

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左隣のおっちゃんが、ポイントポイントで、見所を教えてくれる。ありがたい!

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すごい美しい。

 

 

 

 

Bragaj ブラガイ

実は、モスタル滞在を一日追加した。

ホテルの人もあっさり、いいよ。と。

 

戦争跡や民族について考えてしまう一方で、モスタルの雰囲気には、ここにもっといたいと感じさせる魅力がある。

確かに、どの国でも、住みたい!と感じてはいたが、、、経済的にも、居心地的にも、、、。で、延泊。

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ボスニアの方や、ボスニアで勤務していた友人からのアドバイスに従い、最終日はbragajブラガイに行った。

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なんとなくわかりそうな時刻表。

結局1時間以上バス停にいた。こんなのもありだ。

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着いた先は、イスラム教徒の寺院。tara derviška tekijaスターラ・デルヴィシュカ・テキヤという。やはり、美しい。文字も雰囲気も素晴らしく美しい。相変わらず、心奪われる。

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さらに、水がここにはある。素晴らしい景色。イタリアの青の洞窟が有名らしいが、行かないので、ボートにトライ。

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入るだけやと思ったら、簡単なガイドも。水も飲めるよと。

確かに美味しい。

こんな素敵な場所はまだまだあるらしい。観光も復興への道である。

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ボスニアン コーヒー。ドストライクな雰囲気です。

どうですか?