疲れの内訳

とにかく今、脳みそ全開フル稼動中。

 

ただし、この疲れは、確実に自分の力になっている事が実感できる。

夜は、頭も力もゲージが0。スタミナ0。睡眠によって、100%回復される。

 

毎日の過ごし方をあげてみる。

 

5時位 自発的に起床

ネットでニュース、メール、地域情報チェック。朝の生活音を聴いたり、窓から見る。

 

7時から8時  荷物整理

出発、お出かけ準備

部屋を開けるときは、出しっぱなしにせずにバックパックにまとめておく。

雑然としてると、無くなったものに気付きにくい。これ、日本ではしてなかったこと、、、

 

8時から9時 朝食

たいてい、クッキーと紅茶。

昼や夜がなかなか食べられないときは、パンとサラミ、チーズを買っておく。

 

10時から11時 行動開始

ホテルやホステルはチェックアウトが11時から12時位。観光や、街歩きを始める。

 

14時から15時  ランチ

夜まで歩けそうなら、軽めにする。

歩けなそうなら、この食事をしっかりとる。しっかりとは、大衆食堂みたいなところで、肉とポテト、とかパスタとか、、、。

 

治安が良さそうな場所なら、陽が落ちきる前の21時くらいに、不安な場所なら18時くらいには宿に戻る。早い時は、スーパーで、軽食を買う。ビスケットや、ポテトチップス、クラッカーなどでやり過ごす。

 

宿に帰ってからは、洗濯(手洗いですよ!もちろん!)シャワー、翌日からの場所調べ、宿探し、今後のルート計画、8月に合流予定の知人とのやりとりや計画、農場ステイをする予定なので、その受け入れ先(ホスト)探しや、ホストとのやりとり。

 

こんな感じなんだけど、英語でやりとり。ヨーロッパでは、ドイツ語やフランス語かメインに話されてるから、名称とかは、英語表記じゃないことも。カタコト英語で、どうにか言いたい事を伝えようとするわけです。もちろん、相手の言いたい事も一生懸命聴かないとわからない。通じた時は、本当に嬉しい。

 

これに、バス停探しや路線探し、安いチケット探しが加わると、結構やることが増えて、、、。安すぎると、治安の問題も。

 

ちなみに、一箇所滞在型にしたら、もうちょっと楽なんだけど、会いに行く人がいたり、会える日程が決まっていたら、シェンゲン条約なんていう制約があるから、ゆっくりしていられない事情もあったり、、、要は優柔不断な性格と、逢いたい人がたくさんいて、なかなか待てない性格の自業自得なんやけど、、、。

 

という毎日を過ごしてます。2ヶ月後は、ゆっくり滞在型をするつもりです。

今日は、ブリュッセル。ベルギー。

 

ただいま朝の9時10分。

クッキーは食べた。洗濯物1つ忘れてたから、今しないと乾かない!!

今からやって、行動開始します!

 

 

ちょっと疲れた

なんだかんだ、

やることが多くて、忙しくて、

入ってくる情報が整理しきれない。

思考停止の状態です。

案外、ゆっくりしてないんです。

 

リトアニアで感じたこと。

エストニア

ラトビア

リトアニア

バルト三国の最後の国。 

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ヴィリニュス最終日に、市内を回る中で、KGB博物館にも行った。

ここは、リトアニアソ連が占領時にKGB ソ連国家保安委員会がリトアニア人を1940年から1991年まで、収容所として実際に拷問や、殺害、シベリアに送るなどした場所。

そこに上の地図があった。ソ連が占領していた時の地図だと思う。

地図上の左側にバルト三国がある。

 

1991年、私は中学1年生。ソ連がよくとりあげられていたのは覚えている。ソ連が解体して、独立する国が沢山だなあという記憶はある。

 

博物館の中に入っていくと、一歩踏み出すごとに、緊張が走り、怖さを感じた。人が人を、殺す場所、物、全てに怖さを感じた。霊的な怖さではなく、人間の残酷さが、本当に怖くて、文章など資料を撮影する為のカメラ持ち込み代を払ったが、なかなか写真を撮る気にはなれなかった。地図だけ撮影した。

 

この建物を後にして、見たもの、映像

それらがつい最近まで使用されていた現実、自分がこの世に生きていて、同じ時間にこんなことが行われていた事を目の当たりにした衝撃が大きすぎて、説明できない感情になった。

 

リトアニアは、日本人には、杉原千畝という方が有名だと思う。ユダヤ人6000人にビザを発給し、命を救った人である。

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私も、その知識だけを持って、総領事館のあったカウナスに来た。領事館も見て来た。

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出国間際に泊まりながら、発給していたらしく、そのホテルに泊まった。

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杉原千畝が発給したビザは、日本の通過ビザで、当時ナチスドイツから迫害を受けていたユダヤ人が、唯一逃避できる場所が、カリブ海のオランダ領キュラソー島だったらしい。

そこには、シベリア鉄道で、ウラジオストクまで行き、日本に渡り、キュラソー島に行くルートしかなく、オランダ名誉領事ヤン・ツバルテンディクが、キュラソービザを、杉原千畝が日本の通過ビザを発給したようだ。

 

この当時のリトアニアは、ドイツに支配されていた。ともすれば、リトアニアの人たちも、ユダヤ人に対して何か思っていたのかなと、、、そうならば、リトアニア人にとって、杉原千畝はどんな風に見えていたのだろう、、、という疑問がわいた。

 

資料を見たり、博物館を訪問したりする中で、リトアニアバルト三国の国々が、当時のドイツとソ連の支配下に置かれたり、二国間の取引で、ソ連に吸収され、その中で、KGB博物館のような事がなされ、翻弄されてきた歴史を知った。また、時代ごとに国を構成する民族の割合を見ても、リトアニア人が二桁に満たない時代もあり、リトアニア人が国に対して抱くものは、私にはおし測る事すらできない。

 

しかし、ラトビアのリガや、ヴィリニュスにある塔で見た「200万人の人間の鎖エストニアのタリンから、ラトビアのリガ、リトアニアのヴィリニュスまでの600kmを、200万人が手を繋いだもの。

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三国の独立のきっかけとなった鎖のスタート地点に立って、三国の訪問を振り返りながら、見てきたもの、知ったことを思い出し、街を見渡すと、何かまた違った見方が自分の中ででてくるのがわかった。

 

大陸でこその問題、課題。それについて知識を、見方を深め続けたいと思います。

次は、ポーランドに向かいます!

 

 

 

 

リガ、ラトビア

バルト三国なんていうけど、

全然違うなあってのが感想。

エストニアからバスで移動。

ずっと両脇にはこの景色。菜の花の黄色。青い空。色合いがいい。

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この日はすごく暑くて、、、。暑い日は、グバース?慣れたものです、

しかも、気持ち安い。

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マーケットが近くにあったので、行く。

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野菜の量が多い!葉物が増えた!

ヘンプ〔食用大麻?〕の実をペースト状にしたものや、油も売られていた。

味は、ゴマに近いかな、、、?

ネパールでも、この食べ方はあった。

 

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 旧市街地。

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ソ連から独立するために、「200万人の人間の鎖」の記念碑。

 

バルト海に面したこの三国は、実は独立が認められて、まだ日は浅い。30年に満たない。

 

ラトビアは、リガしか、それも1日しかいなかったので、印象しかわからないが、エストニアに比べて、パンクっぽい音楽を聴くことが増えた。音楽が町にあふれているというか、、、。

あと、日曜だったことまあるのか、お酒を飲んでる現地の人が多かった気がする。だからかな?町にゴミが結構落ちていて、駅の近くは、落書きもあったり、匂いも気になったり、久しぶりに、ちょっと危ないかも?なんて思った。

 

ただ、そういう場所だったのだろう。駅の反対側では、観光客がたくさん。日本の方も多かったなあ。

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とはいえ、基本的に、みんな親切。

英語も通じる。

 

さあ、明日は隣のリトアニア

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今何時?腕時計。

 

 

味、タリン。いや、たり過ぎる。

27日。

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エストニアはタリンに入りました。

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ロシア国境をビザ有効期限日に超え、

エストニアへ。2時半位だったか、、、

写真のように、空は明るい。

超えてすぐ、建物が変わる。

ロシアに比べて、緑が多い。低い高さの植物の種類が多い。

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ロシア、フィンランドでも思ったが、みんな日光に当たりたがる。陽の恵みというか、、、バス停は、フィンランドみたいだった。きれいで、北欧デザインちっく。

 

エストニアは、SkypeをつくったIT国家らしい。確かにフリーwifiに困らない。あと、お相撲さんの把瑠都の出身地との情報。

 

1918年、ロシア-ソ連から独立し、宣言、承認。1991年、ソビエト連邦から宣言、承認を得た国。ウィキペディアより。私の年より、若い、、、。

過去の歴史から、「鎌と槌」と「鉤十字」の使用と掲揚は、法律で禁止。

 

その土地、国の歴史的な背景を実際に感じる体験をさせてもらうと、また自分の中の見え方が広がる。今もまだまだ未熟だが、狭い価値観の中に自分はいるんだなと、、、。

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世界に出ることだけが、「知る方法」ではない。が、出てみるのも、1つの手段ではある。どこにいても、「自分」の外と触れる事が大切なんじゃないか。と、過去の経験と共に思考を巡らすのも、旅の醍醐味。

 

また、脱線。

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中世の街並みが残る旧市街がタリンにあるという、、、

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確かにきれいだ。

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ロシアとは違う美しさ。

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人造物と自然の融合。

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何よりも、旅に出て一番の旨さ!

タリン。いや、たり過ぎる!

なんて、つい言ってしまうほどのムール貝。野菜と魚介がふんだん。

 

チーズとか、色々盛り合わせ。

ムール貝500g。約500mlビール3杯分。

四千円位か。久々の贅沢。

本当に、美味しくて、1ヶ月半ぶりの美味さに、ついつい、

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バラもいっぱいで、気持ちも満足。

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久々の贅沢って言ったけど、これ本当。

普段、朝ごはんビスケット。夜、インスタントラーメン。米買って、自炊。そのご飯とかチャーハンにして、次の食事に回したり、、、、。ポテトチップスなんてのもある。

 

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宿への帰り道、久々の夕陽。

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22時前。

 

お腹、気持ちも満腹タリン。

 

あ、そういや、英語も通じんねん!

やっと英語で会話できたって解放感?開放感?もあったんやろな〜って思う。

だって話が通じんねん!心だけじゃなく、言葉で話が表現できんねん!

これやわ。気づいた。心踊った理由!

言葉の表現ってすごいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスト ロシア。寂しい、、、

ペトロザボーツクは、

すごい出会いもあって、

忘れられない。

 

ペトロザボーツクからペテル〔サンクトペテルブルク〕に早朝戻り、22時まで時間がある。

 

で、最終日は民族博物館と動物学博物館に行った。

民族博物館は、日本は大きく扱ってもらっていて、帰国したら、民博に行こうと思った。

 

で、メインは動物学博物館。

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これが、見たかった!

子マンモスのミイラ。どうも、シベリアでは、マンモスがたくさん見つかってるらしい。

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そういえば、モンゴルも、恐竜の化石が沢山。スーパーに展示してあるくらい。

ロシアは、マンモス、、、シベリアの土地が、保存状態良くさせていたみたい。どちらの国も、もう少しこれを推してみたらどうやろか。掘れば出てくるんやろうけど、、、そんな感じも、好きです。

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マンモス牙でかい!

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シロナガスクジラの骨も!でかい!

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ヘラジカもでかい。

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北極熊も、、、

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すごい展示の数、種類。

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所狭しと置いてあんねんけど、すごいわ。興奮し過ぎて、疲れたー!

 

公園でベンチに座り、最後の時間を過ごしました。これにて、ロシア滞在終了、、、。あー、終わってしまった、、、

 

 

 

キジ島 KIZHI island

ペトロザボーツクに行ったのは、

この島に行くため。

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世界遺産でね、これが模型。

カレリアホテルが所有する船で向かう。

私らが泊まったのは、ホステルカレリア

 

駅からは遠いが、ホテル、ホステル、船着場は近い。

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1時間ちょっとで、到着。

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到着直前、あれ? 

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あれ?なんか、スッカスカ!

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改修中、、、2018年に終わるらしいです。でもね、がっくりしない!

こんなチャンスなかなかないでしょ!

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塗装し直したり、

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ジャッキであげられてる様子。

ある意味、感動。

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キジ島、よかった。

教会はポプラでできてんねんけど、風化して、銀色に見えるらしい。

作り方が、素晴らしい。

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ロシア本当に面白い。

ロシア専門の旅行会社で働きたいっす!

ビザがほしい!